「―――まぁその歯車は不良品ですし、持っていくのはかまいませんけど」

街中から鳴り響く機械音を聞きながら、整備員の青年は白い息を吐きながら男にそう言った。

その男は、この街ではちょっとした有名人だった。
あちこちに顔を出しては、不良品や古くなった部品を引き取っていく。

「どうするんです?そんなもの」

コートのポケットに歯車を大切そうにしまうのを見ながら、青年はそう問いかける。
が、男は軽く微笑むだけで答えようとはしない。

そんな男の態度を、青年は特に気にもしなかった。
あらゆる物が機械仕掛けで動くこの街では、少し機械を止めるだけでも大きな影響が出る。
男の事よりも、目の前の機械を正常な状態にする方が青年にとっては大事だった。

「どうせ、何にも使えませんよ」

それだけ言うと、青年は自分の仕事に取り掛かる。
男はそんな青年の背中に感謝の言葉を告げると、のんびりとした足取りで去っていった。

 

男はその後も街中でいくつかの部品を手に入れ、自宅に帰った。
そのままコートも脱がず、真っ直ぐに奥の方へと向かう。

そこには、奇怪な塊が在った。
強いて言うならば、何かの骨格標本にケーブルや歯車が複雑に絡み合っているような形。
男はそれを愛しそうに撫でると、今日手に入れた部品を足元に並べる。
その中からいくつかを取り出すと、目の前にある奇妙なものへと組み込んでいった。

 

どれほどの時間が経ったのか。
一時も休まず作業をしていた男の手が、初めて止まる。
そして奇怪な骨格標本から少し離れ、全体を眺めるように視線を動かす。
その表情には、喜びと僅かに不安が浮かんでいた。

やがて男は再びそれに近づき、あちこちにあるレバーやスイッチの類を順番に操作していく。
その操作にあわせ、それはギシギシと軋む音を上げ始めた。
それを気にする事も無く、男は操作を続ける。

唐突に、美しい音が響く。
それは連続し、やがて音楽を奏でる。
まるで、人が演奏しているように………その音は時折揺らいだ。
男は満足そうにその音を聞いていた。

不良品として、或いは用済みとなって捨てられるはずだった物。
それらを集めていたのは、全てこの為だった。
正確に設計された機械では、決して奏でる事の出来ない音楽。
しかし、それは美しい音だった。

 

機械の作動音に混じって、その音は街中に広がっていく。
誰もが一瞬、手を休め耳を澄まし………その音楽に身を預けていた。

 

 

“Gebraucht Musik”geschlossen.