ロークライン王国暦497年

地の月87日 光の日

工房都市レイム


「………ふむ」
一人の女性が、ベットの上に寝ている少女の周りを動き回っている。
「む………問題ないようだな」
そう言ってはいるが、その顔は不機嫌そうだ。

(これが地顔だと知らない奴は、さぞかし気難しい性格だと思うだろうな)
ヒルフェライストゥング・アオフズィヒトは彼女―――ヘーア・シュテルングの顔を見ながらそう思う。
「おい、ヒルフェ。何をボサッとしとるか。とっととフリッシュたちを呼んで来い」
「はいはい。ったく、人使いの荒いことで………」
「いいんだよ、お前は人じゃないんだから」
そう言って、やはり不機嫌そうな顔そのまま口元をゆがめる。
これでも笑っているのだ。それも、かなりの大笑い。
(珍しいこともあるもんだ。よほど機嫌がいい証拠だな)
だったら、もう少し普通の顔しろよ………と自分で突っ込みを入れつつ、ヒルフェはその部屋を出た。

「さて、フリッシュの奴はどこにいるのかな。っと」
どうせ行くところなんて、そうあるものでもないが。
ごたごたと置かれた物につまずかないように注意しつつ、廊下を歩いていく。
(少しは片付けたいんだがな………)
どかそうとすると、ヘーアが怒るのだ。
何がどこにあるか、すぐわかるように整頓されているらしい。
一緒に住んでいる者にとっては、いい迷惑である。

………ィイン!キィイン!!

「お?」
中庭が見える窓。
そこからフリッシュの姿が見えた。剣を構え、相手の隙を伺っている。
相手は、間違いなくバイスだろう。
「バイスッ!フリーッシュ!」
中庭に出るのが面倒だったので、窓から身を乗り出してふたりを呼ぶ。
「?」
バイスがこちらに気づき、フリッシュから視線を逸らす。
その隙を逃さず、フリッシュが一気に接近。

べちっ!!

「………っ………っ!!」
剣の腹で思いっきりぶっ叩かれ、無言で悶えるバイス。
「………何か用?」
悶えるバイスを無視し、こちらに近づいてくるフリッシュ。
「ヘーアに、呼んで来いって言われたんでね」
ヒルフェもそれに倣い、バイスを無視。
「さっさと来てくれないと、俺の身が危険なんだが?」
「そう、わかった。じゃぁバイス、もう少しやりましょうか」
「………おい」
「冗談よ」
さらりとそう言ってのけるフリッシュ。
「何のために呼ばれたんでしょうか?我々は」
気がつかぬ間に、バイスが復活していたらしい。
「まぁ、来れば分かる」
そう、『あの事』はまだふたりには秘密なのだ。

フリッシュ達を連れて部屋に戻る。
「ん。来たな」
「ヘーア、お前な………」
酒瓶片手に何をやってるんだ、こいつは?
「祝い酒だ、まぁ飲め」
そう言って、テーブルに置かれたグラスに注ぐ。
「??」
フリッシュとバイスは訳がわからない、と言う顔でそのグラスを受け取る。
「それでは、家族が増えることを祝って………」
「ちょっと待って。何、家族って?」
まぁ、当然の疑問だろうな。
「喜べ、妹だぞ。今日からフリッシュお姉ちゃんだな」
「だから、その妹って何?私達魔法生命体には、姉妹や親なんて………」
「お前の後に出来たニヒツなら、妹も同然だろうが」
「………は?」
フリッシュとバイスの目が点になる。
「新しい、ニヒツ?」
「うむ、そうだ。良かったな、お姉ちゃん」
「………そんな話、一言も聞いてないわよ?」
「当然だ。言ってなかったからな」
胸を張り、そう言うヘーア。
一方のフリッシュ達は、盛大にため息をひとつ。
「それで、我々を呼んだわけですね」
「そういう事だ。色々と言いたいこともあったしな」
取り合えず、飲め。そう言って、ヘーア自身は酒瓶から直接飲む。
「ヒルフェは、知っていたのかい?」
「まあな。だが、秘密にしとけって言われたんでね」
もう一度ため息をつき、ふたりはグラスを傾けた。

「さて、じゃ真面目に話すかな」
そう言いながら、ヘーアは立ち上がる。
「さっきも言ったが、こいつは新しい家族だ」
ベットの上に寝ている少女を指差す。
「フリッシュはお姉さんで、ヒルフェとバイスはお兄さん。で、私が母親ってわけだな」
「私が、姉………ね。何か納得いかないけど」
「納得してもらわないと困る。こいつにとって………いや、ニヒツにとって、家族ってのは必要な概念だ」
そのことは分からないでもない。
ニヒツは、精神的に不安定な一面を持っている。
フリッシュはこの性格だから問題ないが、新しいニヒツはそうではないのだろう。
「無理して優しくしろ、とは言わん。ただ、自分がこいつの家族だという自覚を持って欲しい」
「………自覚、ね」
複雑な表情で、そう呟くフリッシュ。
「そうだ。お前にとっても、このことはいい影響を与えるはずだ」
「そうかしら?私は変わらないと思うけど?」
「すぐに分かる。家族って奴のありがたみがな」
口元を歪め―――笑っているのだ―――ヘーアはそう言った。
「そうそう、それとヒルフェ」
「あん?」
「お前には、こいつの監視・補佐役をやってもらう」
「俺が?………何で?」
「それも助手としての勤めだ。しっかりな、ヒルフェお兄ちゃん」
その『お兄ちゃん』というのは、ぜひともやめてもらいたい。
「でだ、ヒルフェ。人型になるのやめろ」
「は?」
何故に?
「こいつの魔力制御能力はケタ外れだからな。人型維持しながらだと、いざって時に危険だ」
「………そこまで強力なのか?」
うむ、と頷くヘーア。
「やれやれ。あの姿は好きになれないんだがな」
「文句を言うな」
「はいはい」
ふぅっと息をひとつ吐き、展開している身体の構成を変える。
「これでいいか?」
「んん、大変結構。無機物らしい形が良くお似合いだ」
「………ぐ」
無機物とは、屈辱だ………。
「さて、それでは起動するぞ」
「ちょっといいですか?」
「何だバイス。まだ何かあるのか?」
「………彼女の名前は?」
そう言えば、俺もまだ聞いてない。
「おや?まだ教えてなかったか。こいつの名前は………」


―――ノイ。ノイアールティヒ・エクスィステンツ―――


彼女のまぶたが震える。
「おはよう、ノイ」
ヘーアの声に、その目がゆっくりと開かれていく。

5体目のニヒツが………ノイが、目覚める。

“Einleitung”geschlossen.
fortgefahren “Neuartig Existenz”